第40回動物臨床医学会記念年次大会で畜ガールズは「産業動物診療所の現場からの報告 ~産休育休問題から臨床獣医師の仕事の本質を問う~」とタイトル付けされたセッションを任され,会長の谷さんと3名のブロック長が「産休・育休問題について」(第1部)および「これからの産業動物臨床現場のあり方について」(第2部)をテーマに講演を行ないました。以下,その内容をまとめて報告します。
2019-11-17 @グランキューブ大阪(大阪府大阪市)
第40回 動物臨床医学会記念年次大会
<産業動物分科会・畜ガールズ共同企画>
産業動物診療所の現場からの報告
~ 産休育休問題から臨床獣医師の仕事の本質を問う ~
第1部:産休・育休問題について
(1)畜ガールズの産休・育休事情 … 谷 千賀子(畜ガールズ)
畜ガールズのウェブサイトには現在「畜Gフォーラム」,「職場ロールモデル」,「職場〈部分的でも〉ロールモデル」,「禁断の扉(私,前の職場,ここがムリで辞めました)」の4種類の投稿ページがありますが,ロールモデルの2つのページを除くとその投稿の約6割が妊娠,育児に関わるものです。
谷さんはその中から特に妊娠のタイミングについての投稿と出産後の家庭・職場内の不公平についての投稿を紹介されました。女性ばかりが仕事と家事・育児の両立に苦悩するという問題は,谷さんがその当事者であった40年前から変わらずに在るということでした。
(2)NOSAI山形の産休・育休事情 … 田中 愛(山形県農業共済組合)
山形県農業共済組合(NOSAI山形)において,女性獣医師職員の採用は2003年が初めてであったそうです。現在では獣医師職員の 27%(12/44名)が女性
で,内1名が育休中,年代別に見た男女の内訳は図1のとおりとのこと。また,女性獣医師に対する職場の対応は次のとおりだそうです:
■ 妊娠判明後の体制:
原則内勤体制,体調次第で軽度な業務
(本人の自己申告により所内で調整)
■ 産休:
産前8週間・産後8週間
■ 育休:
子どもが3歳になるまで取得可能
■ 時短勤務:
子どもが3歳になるまで選択可能
なお,産休・育休前後には当事者と人事課の間で打ち合わせを持つことになっているということでした。
※講演スライドをもとに作図
産休・育休の取得においては,当事者に対する組織の理解が十分でないことが問題となります。田中さんは,診療所内に妊娠の報告をしやすい上司がいること,妊娠期間中の仕事内容の調整がきくこと,復帰後のサポート体制が整っていることなどを理想として挙げ,組織内の意識改革の必要性を説かれました。
(3)NOSAIえひめの産休・育休事情 … 杉山美恵子(愛媛県農業共済組合)
愛媛県農業共済組合(NOSAIえひめ)では,現在獣医師の 27%(4/15名)が女性で,内1名が育休中,1名が妊娠中で間もなく産休に入るところだそうです。年代別に見た男女の内訳は図2のとおりとのこと。(なお,四国全体の農業共済組合で見た場合には,獣医師の 29% (15/51名)
が女性であるということでした。)女性獣医師に対する職場の対応は次のようになっているそうです:
■ 妊娠判明後の体制:
内勤体制
■ 産休:
産前6週間・産後8週間
■ 育休:
子どもが1歳になるまで取得可能
■ 時短勤務:
未就学児のいる間で選択可能
なお,妊娠中および産後1年以内は休日勤務を無しとし,未就学児のいる間は夜間勤務を無しとしているということでした。
※講演スライドをもとに作画
杉山さんが同僚に「女性獣医師の課題ってなんだと思いますか」と尋ねたところ,「体力や腕力がない」との回答に続き,「妊娠・出産で休む」との回答が出てきたといいます。産休・育休取得により生じる人手不足は組織にとって痛手となりますが,その不満の矛先を女性側に向けるのはおかしなことです。やはり職場としてはまだこれが課題なのか,これはNOSAIえひめだけの問題なのかとの疑問を杉山さんは呈されました。
(4)NOSAI兵庫の産休・育休事情 … 笹倉春美(兵庫県農業共済組合連合会)
兵庫県農業共済組合連合会(NOSAI兵庫)では,現在獣医師の 24%(14/58名)が女性で,年代別に見た男女の内訳は図3のとおりということです。女性獣医師が増えつつあるにも関わらず,「結婚=退職」の慣習は昨今まで続いていて,2015年に妊娠した2名が組織初の産休・育休取得者であったそうです。女性獣医師に対する職場の対応については当日の講演内容にありませんでしたが,講演後にご本人に確認したところ,次のとおりでした:
■ 妊娠判明後の体制:
内勤体制
■ 産休:
産前6週間・産後8週間
■ 育休:
子どもが1歳になるまで取得可能
(待機児童となった場合は
子どもが2歳になるまで取得可能)
■ 時短勤務:
未就学児のいる間で選択可能
※講演スライドをもとに作画
笹倉さんは,産休・育休・時短勤務を男女ともに取得・選択しづらい雰囲気のあることが問題であるとし,それらを取得・選択しやすい職場にするための条件として,以下の7つを挙げ,産休・育休および時短勤務が周りの我慢の上に成り立つものであってはならないと強く訴えられました:
また,産休・育休・時短勤務を取得・選択する側の意識としても以下の6つを挙げ,産休・育休を取得して復帰した私たち自身も,支えてくれる周りに感謝しつつ,仕事を続ける意思と意欲を強く持つようにと訴えられました:
そして最後に,女性獣医師が生き生きと活躍を続けられる環境というのは男性獣医師を含む全ての獣医師が活躍しやすい環境でもあると締めくくられました。
(5)グループディスカッション
以上の流れをもって,谷さん主導で聴講者参加型のグループディスカッションが行われました。まずは「あなたにとって産休・育休問題は重要ですか」との問いに聴講者が「Yes」,「No」,「よくわからない」の3択で答えました。全グループの回答の集計は 82%(14/17名)が「Yes」,残り 18%(3/17名)が「よくわからない」となりました。
続いて,「この問題をどうしたらいいでしょうか」との問いについて各グループで話し合い,発表しました。全グループの回答は総じて産休・育休取得による人手不足を補う目的を根底に,その具体案を示すものが主となりました。そしてその具体案には次のようなものがありました:
○ 欠員が出る場合を想定して組織が採用募集をする
○ 都道府県や市町村のように代替要員採用の制度があるといい
○ 組織間(共済・開業・都道府県)で人材交流を行う
○ 都道府県の職員が代替要員として診療所へ出向し,業務を負担する
○ 代替要員の人材派遣会社をつくる
産業動物臨床現場の産休・育休問題は女性側の問題ではなく,組織側の問題です。第1部ではその点が浮き彫りにされたのではないかと思いました。
第2部:これからの産業動物臨床現場のあり方について
(1)これからの獣医師が求めている職場環境とは … 田中 愛
田中さんは就職セミナー等で私立大学5校と国公立大学9校を訪問されたそうです。その時のご経験から,現役学生たちの就職観をもとに,これからの獣医師が求めている職場環境について報告されました。
10数年前の学生たちから出る質問と言えば,技術や知識に対する不安についてなど産業動物臨床に直接関わる内容のものが主であったはずですが,現役学生たちから出た質問は,残業の有無,夜間・休日の当番体制,休日の取りやすさ,給与面,そして産休・育休についてなど,人生の長期的ビジョンをその職場に見出せるかどうかに関わるものが主であったそうです。また,10数年前に一般に有されていた「産業動物臨床は男性の職場」というイメージは,現在は払拭されたようで,女子学生から体力面,身体面についての質問が出ることもなかったということでした。
これからの産業動物臨床獣医師が求めるのは仕事面(信頼,サポート,技術・研究,やりがい等)の安定と人生面(報酬,休日,家庭等)の安定,そしてその二つのバランスの安定であると田中さんは見ています。これに見合った職場体制・環境の整備が獣医師不足の今は必要であり,またそのためにも組織内の意識改革が必要だということでした。
(2)職場環境改善の難しさ … 杉山美恵子
続いて杉山さんが,ご自身の診療所の現状から,職場環境改善の難しさについて報告されました。
2019年春,NOSAIえひめでは4名の退職者が出たため,人手不足解消の一助とするべく急きょ診療所の統合を行ったそうです。しかし,4分の3に減少した人数で約2倍に拡大した区域を診療しなくてはならなくなったため,往診等の移動時間が増大し,以前に増して業務に追われることになったということです。また,獣医師の絶対数が不足しているがゆえに休日勤務の振替休日の取得も満足にできない,病気も怪我もできないというギリギリの就業状態が,マタハラを生む結果にもなってしまったそうです。
この職場環境の悪化が新たな退職者を生むのではないかと杉山さんは心配されています。職場環境の改善には結局,十分な人員の確保が必要となります。しかし,現状ではそれも容易ではありません。また,人員の確保において女性獣医師の採用は当たり前であり,産休・育休の取得は必然となります。「出たとこ勝負」ではいけません。今後,獣医師自身が働き方についての議論に積極的に参加できる体制が欲しいと杉山さんは締めくくられました。
(3)畜ガールズからの提案:魅力的な職場にするために … 谷 千賀子
畜ガールズのウェブサイトには妊娠,育児に関する投稿の他に,恋愛や介護,パワハラ,生理,管理職への不満などについての投稿が寄せられています。中には男性からの投稿もあります。第1部に続き,本パートでも谷さんがその中の幾つかを紹介されました。
私たちの声は小さいかもしれないが,小さな声でも外へ向けて発すればそこここで共感を拾い,大きな声になるかもしれない ――
本セッションの締めくくりとして谷さんは,魅力的な職場にするためにはどうしたらよいかを皆で一緒に考え,魅力的な職場の条件(ルール)を皆で一緒に作り,さらにそれを外へ向けて発信することを提案されました。そして,最後のグループディスカッションへと移りました。
(4)グループディスカッション
第1部と同様に谷さん主導で聴講者参加型のグループディスカッションが行われました。最初の「あなたの今の職場は魅力的ですか」との問いに対しては, 75%(12/16名)が「Yes」, 6%(1/16名)が「No」,
19%(3/16名)が「よくわからない」との回答になりました。
続いて本題の「魅力的な職場の条件(ルール)は何でしょうか」について各グループで考え,発表しました。その内容を谷さんの方で持ち帰り,後日10か条にまとめたものが以下だということです:
1. 定時で帰ることができる
2. フレキシブルに働くことができる
3. プライベートを尊重してもらえる
4. 管理職に意見を言うことができる
5. 技術職の代用が難しいことを組織が理解し,人数の確保を検討してくれる
6. 定時業務が必要な職員への分担業務が確立している
7. 職場内コミュニケーションのとりやすい雰囲気がある
8. 「お互い様」の精神で思いやりのある同僚がいる
9. 仕事にやりがいがある
10. 専門職として技術面での向上が望める
これを「魅力的な職場にするための10か条@動臨研2019」として,この畜ガールズのウェブページを通じ,外へ向けて発信することとします。
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谷さん,田中さん,杉山さん,笹倉さん,ならびにディスカッションにご参加のみなさま,大変有意義なセッションをご提供下さり,ありがとうございました。後日,谷さんが「職場環境改善の鍵は,自分たちの職場環境を自分たちで変えていくための話し合いができるかどうかにある。これまでは限られた人間が作ってきた職場のルールを,これからは老若男女皆で一緒に作りあげていくのがいい」と語られていました。そのお手伝いを畜ガールズでやっていけたらいいなと思います。
(報告:ジャスミン)