アンケート2020

職場環境ならびに心と身体の健康に関する調査

(令和2年度日本中央競馬会畜産振興事業)

【目 的】

私たち畜ガールズはこれまでの活動の中で,多くの産業動物獣医師が多様性の認められない職場環境のもとで働きづらさ・生きづらさを抱えていることに気が付きました。そこで今回,日本中央競馬会畜産振興事業の助成を受け,職場環境が獣医師個人のメンタルヘルスに及ぼす影響を調査しました。

 

調査の際の趣旨説明および設問については コチラのファイル(PDF)をご参照下さい。

 

【期 間】

2020年9月26日~2020年12月31日

 


◆-◆-◆  調 査 結 果  ◆-◆-◆

【分析対象】

得られた有効回答は190件でした。回答者の属性は以下のとおりです(設問1より):

 




また,回答者の職場で女性獣医師のいる割合および女性の管理職(課長級以上)のいる割合は以下のとおりです(設問2-1より):


職場での処遇や評価における公平さや適正さについて,「組織公正性」という概念があり,国内外で使用される尺度があります(Inoue A et al. Reliability and validity of the Japanese version of the Organizational Justice Questionnaire. J Occup Health. 2009;51(1):74-83. doi:10.1539/joh.l8042)。

 

組織公正性は次の二つに分類され,組織の公正性が低いと,そこで働く者の心身の健康に悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。今回のアンケート調査でも,この尺度を用いた質問項目を設けており(設問3および4),この概念を軸に分析を行いました。

 

◎ 手続き的公正性:職場組織における意思決定の手順やプロセスに関する公正性

 

(設問4より)

■ 意思決定は正確な情報に基づいてなされている

■ 決めたことがうまくいかなかった場合に意見を述べたり、異議を申し立てたりする機会が与えられている

■ 意思決定によって影響を受ける全ての関係者が、意思決定に参加している

■ 意思決定は一貫している (全ての従業員に対し規則が同様に適用される)

■ 意思決定によって影響を受ける全ての人たちの考えが、意思決定をする前に聞かれている

■ 意思決定やそれに基づく実施の結果について、事後に意見や情報が集められている

■ 意思決定について分からないことがあれば、説明や追加情報を要求することが可能である

 

◎ 相互作用的公正性:上司の部下に対する接し方に関する公正性

 

(設問3より)

■ 上司は私たちの考え方を考慮してくれる

■ 上司は独りよがりなものの見方をしないようにすることができる

■ 上司は意思決定やその影響について、タイミングよく情報を提供してくれる

■ 上司は親切心と思いやりをもって私たちに接してくれる

■ 上司は私たちの従業員としての権利に対して理解を示してくれる

 

今回の分析では組織公正性に関する回答結果に基づき,データを次の3群に分類しました:

 

◆ 手続き的公正性 と 相互作用的公正性 の いずれも高い と感じている群(HH群

◆ 手続き的公正性 と 相互作用的公正性 の いずれかを高い と感じている群(HLLH群

◆ 手続き的公正性 と 相互作用的公正性 の いずれも低い と感じている群(LL群

 

なお,分類にあたっては,今回の調査では組織公正性に関する評価を5件法(「全く当てはまらない」(=1) から「非常に当てはまる」(=5) )で求めたため,評定値>3を「高いと感じている」,評定値≦3を「低いと感じている」とみなしました。

 

全体に占める3群の割合は次のとおりとなりました:

 

【分析方法】

Dunnett法を用いてHH群-HLLH群間およびHH群-LL群間の平均値の比較を行いました。 

【分析結果】

◆ 職場環境について(設問2-2より)

回答は「全く当てはまらない」(=1)から「非常に当てはまる」(=5)の5件法で求めました。LL群では,HH群およびHLLH群と比べ,職場環境に配慮のない傾向がありました。特に生理中の女性や不妊治療中の人に対する配慮がLL群では低くなりました(*:各群間に有意差あり,以下すべて同様):




さらに,LL群では働き方(勤務時間・業務時間)の多様性も低くなる傾向がありました:

組織公正性とストレス反応(設問番号5より)

回答は「ほとんどなかった」(=1)から「ほとんどいつもあった」(=4)の4件法で求めました。HLLH群およびLL群では,HH群と比べ,活気が有意に低くなりました: 

またこの両群は,HH群と比べ,イライラ感と身体愁訴が有意に高くなりました: 


さらにLL群では,HH群と比べ,疲労感や抑うつ感も有意に高くなりました: 


なお,不安感については群間に有意差は見られませんでした: 

※上記の結果は複数の設問を総合して数値化しました:

・活気がある:「活気がわいてくる」+「元気がいっぱいだ」+「生き生きする」

・イライラ感がある:「怒りを感じる」+「内心腹立たしい」+「イライラする」

・身体愁訴がある:「めまいがする 」+「体のふしぶしが痛む 」+「頭が重かったり頭痛がする 」+「首筋や肩がこる 」+「腰が痛い 」+「目が疲れる 」+「動悸や息切れがする 」+「胃腸の具合が悪い 」+「食欲がない 」+「便秘や下痢をする 」+「よく眠れない」

・疲労感がある:「ひどく疲れた」+「へとへとだ」+「だるい」

・抑うつ感がある:「ゆううつだ」+「何をするのも面倒だ 」+「物事に集中できない 」+「気分が晴れない 」+「仕事が手につかない 」+「悲しいと感じる」

・不安感がある:「気がはりつめている」+「不安だ」+「落着かない」

◆ 職場での様子について(1)(設問6-1・6-2より)

回答は「まったくない」(=1)から「しばしばある」(=5)の5件法で求めました。各群において,仕事をしていて不安に感じたり,負担に思うことがある人の割合は次のとおりでした:

なお,各群における内訳は以下のとおりでした:

また,各群において,仕事をしていて不安に感じたり,負担に思うことのある理由については以下のとおりでした:

◆ 職場での様子について(2)(設問6-3・6-4より)

回答は「全く当てはまらない」(=1)から「非常に当てはまる」(=5)の5件法で求めました。HH群と比べ,LL群では,上司や同僚からの評価が気になりにくい傾向がありました。また,HH群と比べ,LL群では,正当な評価が得られていないと感じやすく,本来の力を発揮できていないと感じやすい傾向があり,さらに,自分の能力に見合った業務(内容,量)でないと答える傾向もありました:



またさらに,HH群と比べ,LL群では,周囲から信頼されていると感じづらく,周囲からの期待に応えなければならないとも感じづらく,気軽に相談に乗ってくれる人がいない傾向もありました:



◆ 離職意向について(設問6-5および6-6より)

回答は「まったくない」(=1)から「しばしばある」(=5)の5件法で求めました。HLLH群とLL群ともに,HH群よりも,「現在の職場を辞めたい」と思うことのある割合が有意に高くなりました: 

なお,各群における内訳は以下のとおりでした:

 

また,HLLH群とLL群について,現在の職場を辞めたいと思うことのある理由は以下のとおりでした: 

◆ 獣医師になった理由およびその理由に対する満足度について(設問7-1および7-2より)

獣医師になった理由については各群,以下のとおりでした: 

獣医師になった理由に対する満足度(6段階評価:「1:不満足」~「6:大満足」)については,HH群-HLLH群間およびHH群-LL群間に有意差は認められませんでした: 

なお,各群における内訳は以下のとおりでした: 

◆ 3年後・10年後の展望について(設問7-3および7-4より)

3年後および10年後の自分のなりたい姿を考えているかの問いに対する回答は各群,以下のとおりでした: 


◆ 理想の職場について(設問7-5より)

理想の職場に関する自由記述について,KH-Coder(解析ソフト)を用いて分析したところ,各群,以下のような結果が出ました。

 

まずHH群では,「女性」「男性」「上司」「部下」「同僚」などの属性が明確に描写され,「女性」と「男性」が「相互に」「大切」にし合い,上司や部下・同僚と「気軽に」「相談」できるといった,理想の職場が具体的にイメージできている様子がうかがえました:

また前述のHH群と,次のHLLH群においては,「相互」「お互いに」「補い合う」「フォロー」などの記述が見られ,自分だけではなく,職場のスタッフ全員の働きやすさを求める様子が見られました: 

一方,LL群では,「意見」と関連して,「可能」「自由」という表現が見られ,理想の具体的なイメージを描いたり,周りのスタッフの様子を気にかけたりするような土壌を作るためにも,まずは自由で活発な意見交換が行われることを希望している様子が見られました:

【おわりに】

今回の調査より,働く人たちの心と身体の健康を守るには,組織公正性の高い職場づくりが大切であるということが分かりました。畜ガールズでは今回の調査結果をポスターにしました。コチラよりダウンロードできます。

 

また,畜ガールズでは今後,今回の調査を論文にして発表する予定です。上記の内容に関しましてご指摘・ご意見等がございましたら,論文化の際に参考にさせていただきますので,[ご意見・お問い合わせ]フォームより畜ガールズ事務局までお知らせ下さい。

 

今回の調査の分析に際しましては,自由が丘カウンセリングオフィス代表の山内志保先生と畜ガールズ会員の金森万里子さんより多大なるご助言・ご協力を賜りました。この場を借りて心より御礼申し上げます。

(報告:ジャスミン)