★ この度の講演会開催に際し,

ミヤリサン製薬株式会社さまより協賛金を賜りました。

いつも畜ガールズの活動をご支援下さるミヤリサン製薬株式会社さまに,

改めて深く感謝申し上げます。


2020-12-13 @ウェブ(ZOOM)

ここから始める獣医師の働き方改革 ~畜ガールズが描く未来~ 

<令和2年度日本中央競馬会畜産振興事業>

 

ここから始める獣医師の働き方改革

~畜ガールズが描く未来~

 

主催:宮崎大学,産業動物に興味のある女性の会(畜ガールズ)
後援:公益社団法人日本獣医師会

協賛:ミヤリサン製薬株式会社


 本講演会は当初,東京大学・弥生講堂での開催を予定していましたが,コロナウイルス感染拡大を受け,オンラインでの開催になりました。参加申込者は 140名。実際にオンタイムで参加視聴された方は 92名でした。

 


 講演会のはじめに畜ガールズの谷 千賀子会長があいさつをしました。そのあいさつ全文を以下に掲載します:

 

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 ただ今ご紹介いただきました、谷 千賀子、通称ジェーン、獣医歴40年です。本日は、畜ガールズセミナーに、ご参加いただき、誠にありがとうございます。えっ、畜ガールズ? って何? と思われる方がたくさんいらっしゃるかと思います。女性はいつまでも永遠のガールズなんですが...。私たちは、「産業動物に興味のある女性の会」として、5年前にスタートしました。 


  産業動物分野で、女性は男性と共に大いに活躍していますが、なかなか表には出てこないのが現状です。また、産業動物分野で働く獣医師も、最近は女性が増えてきました。しかし40代以上の女性管理職は少数です。その原因の一つは、獣医師という仕事、従来からやはり男性の職種という思いが強く、職場環境が十分ではないこと、また子育てや介護はやはり女性の負担が大きいことが背景にあります。畜ガールズでは、そうした問題をメンタル面や職場環境の問題として、今まで考えてきました。

 

 あの日、目の前にあった、高くそびえる硬い灰色の壁。見える人には見えるけど、見えない人には見えないというヤヤコシイ壁。今までは、その壁を壊すことが1つの目標でした。実際にその壁は先輩の女性たちの力で、少しずつ壊されています。しかしその一方でその壁の向こうには、思い描いた世界はなかったことも、だんだんわかってきました。じゃ、どうしたらいいの? そう、「壁を崩し、瓦礫を片付けながら、同時に新しい道をつくる。」

 

 畜産や生命、獣医学をもっと根本的に考え直す必要があるかもしれませんし、もっと地球規模の考え方が必要になるかもしれません。このようなコロナの時代では、予測できないことを予測する能力も必要になります。それには、男女が協力して、その持っている力を十分に発揮することが重要です。畜ガールズでは、男女会員を募集しています。

 

 さて、本セミナーの始まりについて少しご紹介します。

 

 私たち畜ガールズのメンバーの一人が、上野先生の講演を北海道でお聞きする機会があり、たいへん感銘を受けました。ぜひ先生の講演を一人でも多くの方にお届けしたい、という熱い思いがあり、上野先生、多くの皆様のご協力を得まして、今日の日を迎えることができました。

 

 上野先生は「ジェンダー・女性学」の先駆者であり、皆さま、すでにご存じかと思います。私などは、まるごと昭和の人間ですが、平成・令和の価値観がいつも頭でモヤモヤとしております。「これって古いかな?今はそんな時代じゃないよ。もっと変わらなきゃ、でも、どんな風に変わるのがいいのかなぁ?」自問自答です。

 

 多分、社会全体が、そうした新旧の価値観のせめぎあいの中で葛藤しているのではないでしょうか。私たちは「時代」の中で生きていて、一人の力では、どうしようもできないことばかりです。先生のお話で、この頭の中がすっきりしそうで、とても楽しみです。

 

 また、今日のセミナー、当初は東京での開催予定でした。しかしコロナの影響で、ここ宮崎大学を拠点にオンラインでお伝えしています。宮崎といえば、サーフィンのメッカです。サーフィンは、いい波を待って、体のバランスをとって、その波に乗るスポーツです。これをちょっと言い換えますと、風や波は社会、社会の流れにあわせ、その環境と自分自身のバランスをとって生きていくこと、益々大事になるかもしれません。最近、知ったことですが、サーフィンの決めポーズのひとつ、その手の先は、行く先だそうです。行く先をこの手でしっかり指差し、少しでも前に進めば、何か見えてくるのかもしれません。

 

 本日は上野先生の基調講演を始めとしまして、様々な企画を予定しています。獣医師の話が中心になるとは思いますが、これは今の社会共通の話題でもあります。ぜひ最後までお付き合いください。

 

 冬ではありますが、宮崎の太陽・さわやかな風と波を感じながら、新しい道は、どこへつながるのか? 道ができる、その日までに私たちがするべきことは何なのか? そのヒントを得ることができればと思います。

 

 本セミナーに多大なご支援をいただきましたJRAさま、ミヤリサン製薬様に深謝いたしまして、はじまりの言葉にさせていただきます。

 


[基調講演]

昭和の常識、令和の非常識 ~女性の非伝統職を解剖する~

 

… 上野 千鶴子 先生(東京大学名誉教授・WAN理事長)

  上野先生にご講演いただいた内容について,畜ガールズのみなさんとぜひ共有したいと思いました。以下,ご報告します。

 

★ ただいま編集中。公開までお待ち下さい。

 

★ 視聴者のみなさまから頂いた上野先生のご講演に対するご意見・ご感想は コチラ 

 


[講  演]

ジェンダー規範とこころの健康の不思議な関係 ~社会疫学研究へのご招待~

 

… 金森 万里子 先生(東京大学大学院医学系研究科博士課程)

 金森先生は、大学をご卒業後、北海道で牛の臨床獣医師として働いている時に、牛が病気になると、人は経済的負担のみならず、労働負担や精神的負担がふえるなど、動物と人の健康が互いに影響していることを強く実感したそうです。それを地域の課題と捉え、その課題解決のために視点を人にうつして、現在、東京大学大学院にて、公衆衛生学・社会疫学分野でご研究されています。社会疫学には、健康の多くは社会環境によって大きな影響を受けるという考え方があり、そういった社会環境要因に着目した学問ということですが、中でも金森先生は、元々働いていた地域で自死が多いと感じていたとのことで、地域自死率について研究された内容をはじめにご紹介下さいました。


 日本は、OECD諸国の中で、男女ともに自死率の高い国だそうです(男性は8番目、女性は2番目)。金森先生のご研究によると、酪農や畜産が盛んな地域では、過去25年間男女ともに自死率が高く(農作物生産が盛んな地域ではそのような傾向はない)、その要因の1つの仮説として、「死への慣れ」が関係しているかもしれない、と考えているそうです。実際に安楽殺を経験した獣医師は死への恐怖が少ないという研究報告があるそうです。また、獣医師として働いていると、様々な倫理的葛藤を感じることがありませんか、と問いかけられ、海外でも倫理的対立やモラルのストレスを獣医師は抱えやすいという報告を紹介下さいました。金森先生の印象として、北欧の友人から、ジェンダー平等が進んでいる国ではアニマルウェルフェアレベルも高いという話を聞くことがあり、動物と共生するための倫理観とジェンダー問題は繋がっているような気がする、とお話しになりました。

 

 金森先生の研究成果は以下のページからご覧頂けます

 

Mariko Kanamori, Naoki Kondo. Suicide and Types of Agriculture: A Time-Series Analysis in Japan. Suicide and Life-Threatening Behavior. June 2019. https://doi.org/10.1111/sltb.12559

 

日本語での要約:【論文出版】酪農・畜産産出額が高い地域で高い自殺率 | Mariko Kanamori (moo.jp)

 

 さらに、最新の調査として、健康長寿社会をめざした予防政策の科学的な基盤づくりを目的とした大規模調査(日本老年学的評価研究 JAGES、研究代表者:近藤克則教授)についてご紹介下さり、プロジェクトの一環として行った、ジェンダー規範と精神的健康の関連についての中間分析結果をご説明下さいました。全国の健康な65歳以上の方を対象に「あなたの住んでいる地域の人は男女を区別する言葉(男のくせにxxだ、女だからxxしなさい など)をよく使っていると思いますか」、また、「性別役割分業(家の外で働くのは主に男性の役割だ、育児や家事は主に女性の役割だ など)について、あなた自身はどう思われますか」という質問への回答と、こころの健康に関する質問への回答から、ジェンダー規範がこころの健康とどう関連するか解析した結果、「周囲の人が男女を区別する言葉をよく使っている」と思う人や「本人の性別役割分業意識」の強い人は、そうでない人より、「助けを求めることを恥ずかしく」思ったり、「うつになるリスク」が高かったそうです。つまり、男女の区別や男女別の役割の意識の強い集団において、メンタルヘルスの良くない状態の人が確率的に多いことが、この結果からいえるとのことです。金森さんは、この結果が男女で大きく変わらなかったことを、少し驚いたと明かしていました。例えば、金森さん自身が、男性から「女のくせに」と言われるととても嫌だが、実は言っている男性自身も辛いのかもしれない。言っている本人は自覚していないかもしれないが、「男らしく」「男だから」と様々なプレッシャーやしがらみの中で、男性もストレスを抱えているのかもしれない、と。

 

 最近では、人間を男女の2つに分けることも疑問視されているそうです。社会学では性別は2つに分かれるものではなく、グラデーションのようにいろんな男らしさ女らしさがあり、その時々で変化するものだと考えられるそうです。そろそろ性別に付きまとう規範に、社会全体が緩やかになっていっても良いのではないでしょうか、女性にも男性にも優しい雰囲気の社会になることが、こころの健康には必要なのだと思います、と締められました。

 

 最後に、日本で、自殺の希少地域について研究されている岡檀(おかまゆみ)先生の著書「生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある」を紹介されました。自殺率が安定して低い地域における人と人とのつながり方の秘密について、分かりやすく書かれているそうです。

 

 ご講演のまとめとして、こころの健康は、地域や職場などの社会環境に多くの影響を受けること、助けを求めることができる力や助けを求めやすい地域の仕組みや雰囲気は、自殺予防の観点からも重要であること、男のくせに女のくせにという言葉は、自分にとっても、周りにとっても、こころの健康によくないこと、仕事・子育て・家事等の役割分担を、性別で分けて考えるのは、女性にとってはもちろん、男性にとっても辛いのかもしれない、と結ばれました。

 

 講演の中でご紹介頂いた調査研究については、更に解析を進め、今後、ホームページ上でも公表されるそうです。

 

 講演の途中に、ジェンダー規範に関して参加者からアンケートを回収するなど、参加者の意見も交えて進めて下さいました。

(報告:ジョー)

★ 視聴者のみなさまから頂いた金森先生のご講演に対するご意見・ご感想は コチラ 

 


[パネルディスカッション]

「その時」までに私たちがやるべき10か条

 

パネリスト:

笹倉 春美(共済獣医師)・妙中 友美(馬臨床獣医師)・中洞 優佳(共済獣医師)・穗永 亜樹(地方公務員)

司会:

上村 涼子(大学教員)

 獣医系大学の学生の半数を女性が占めるようになった今,産業動物臨床においても獣医師の半数を女性が占めるようになる「その時」はもう目の前です。「これまでの働き方では絶対にまずいよね --- そんな不安・不満を私たちで解消し未来に備えたい」ということで,30代の女性獣医師4名が「『その時』までにやるべき10か条」を作成するというパネルディスカッションでした。その内容をご報告します。

 

 まずは4名のパネリストが各々考案した3か条を順に発表しました。

<中洞3か条>

 中洞さん(共済獣医師・獣医師歴9年目)は,女性獣医師自身の意識改革が大いに必要であるとの思いから,次の3か条を提案されました。

 



● 得意分野・特徴を持つ

 近年は随分と多様性の認められる世の中になってきましたが,組織に多様な人材がいるにも関わらず皆が同じこと(平等に割り振られた仕事)を同じようにやっているのはもったいない,またそのような働き方では体力や時間のある人に到底かなわないと中洞さんは言われます。そこで,各人が得意分野や特徴(例:仲裁が得意,後輩指導が上手)を持ち,自分の役割というものを意識するというのが中洞さんの1つ目の提案でした。そうすることで,育児や介護などで現場を離れる期間があっても,復帰の際に「私はこの組織に本当に必要なのだろうか」,「周りに迷惑をかけっぱなしで本当に役に立っているのか」など余計なことを考えずに仕事に集中できるのではないかということでした。

 

● 終身雇用から脱却する

 人は,特に女性は,ライフステージが変わると生活が大きく変わり,その時々で働きやすい職場というものが変わって当然です。その時の既存のシステムの中でうまく働けずにボロボロになってしまうくらいなら,職場を変えるという選択肢を持つというのが中洞さんの2つ目の提案でした。同僚のために辞めるわけにはいかない,家族のために辞めるわけにはいかないなど,様々な事情はあるだろうけれども,「誰かのために」は「誰かのせいで」と紙一重で,両者が入れ替わってしまうこともあると中洞さんは言われます。「誰かのために」でもいいけれど,あくまで自分軸で決断して,転職を考えてもよいのではないかということでした。

 

  また,終身雇用からの脱却というのは雇う側にもメリットがあると中洞さんは言われます。いち早く働きやすい職場環境を整備した組織は人材の流出を防ぐことができ,またより多くの人材を集めやすくなります。新卒に限らず,優秀で経験豊富な中途採用の人材も集まってくることになるだろうということでした。

 

● 個人の希望や不満を言えるシステムを作る

 困っていても,立場上の遠慮があって,自ずと「言ってよいか/言うべきでないか」のブレーキをかけてしまう人がいます。そのブレーキを一度外してみて,「言ってよいか/言うべきでないか」の判断ごと組織に投げかける,またそのために,各個人の希望や不平不満を吸い上げるシステムがあれば,そのブレーキも外しやすくなるというのが中洞さんの3つ目の提案でした。

 

~ ~ ~

 

 中洞さんの3か条の提案を受けて,司会の上村さんが「あなたの職場には、職場環境に関する提案(不満)を取り上げる『システム』がありますか?」とZOOMの投票機能を用いて視聴者に投票を求めたところ,次の結果が出ました(※一部,何らかの不具合で投票のできない人もいたようでした):

 

■ あなたの職場には、職場環境に関する提案(不満)を取り上げる「システム」がありますか?

(視聴者の7割が投票)

中洞さんはその他(産業動物獣医師以外)の職域で「ある」と回答された人が多いことに着目し,産業動物獣医師界として他の職種から意見を聞くことも大切になってくるのではないかとコメントされました。また,産業動物獣医師で「ない」と回答した人が多いことは予想通りであるとし,「ある」と回答された人には畜ガールズウェブサイト内の[職場ロールモデル]において,そのシステムについて紹介してほしいとも言われました。 

 <笹倉3か条>

 笹倉さん(共済獣医師・獣医師歴12年目)は自身の育休取得と時短勤務の経験から,女性獣医師が仕事を続けやすい組織づくりとそのための職場改善について考え,自身の世代が管理職になった時の理想の組織のあり方として,次の3か条を提案されました。 


● サービス残業ありきの長時間労働をやめる

 産業動物分野は慢性的な獣医師不足にあるため,日々の業務は時間内に終了しないことが多いそうです。さらに,滅私奉公を美徳とする雰囲気があるため,やる気や情熱を搾取されやすい分野でもあるということです。獣医師の補充が無理であるならば,検査や診療事務を担当する人員を補充するといった柔軟な対応が必要であると笹倉さんは言われます。また,業務の見直しを行ない,無駄を削って事務を簡略化するだけでもサービス残業は減るだろうということです。そのようにしてサービス残業ありきの長時間労働をやめるというのが笹倉さんの1つ目の提案でした。

 

● 育休や時短勤務取得者のフォローによる業務負担や残業には、相当する手当てを支払う

 前述のとおり獣医師不足であるため,育休取得者のフォローのための人員を補充するのは困難です。一方で,育休取得者には給与が発生せず(失業保険から充てられるため),時短勤務者の給与も3~4割カットされるため,その分の給与は浮くことになります。それならば,育休取得者と時短勤務者のフォローをする獣医師らに,その浮いた分の給与をきちんと手当てとして分配するというのが笹倉さんの2つ目の提案でした。そうすることでマタハラやイクハラも減り,育休・時短勤務の制度を利用する側も気が楽になるだろうということでもありました。

 

● 育児や介護、本人の都合や体調に合わせて、働き方の選択肢を増やす

 働く時間・働く日について選択できるシステムがあれば,育休取得者の復職へのハードルが下がるだろうということです。そしてそのシステムを,育児に限らず介護や本人の体調・都合に合わせて,誰もが利用できるようにするというのが笹倉さんの3つ目の提案でした。誰かにしわ寄せがいくのではなく,誰にとっても好影響がもたらされるような働き方改革が必要だということでした。

 

~ ~ ~

 

 笹倉さんの3か条の提案から残業というワードを拾って,司会の上村さんが残業状況について視聴者に投票を求めたところ,次の結果が出ました:

 

■ あなたの職場は、就業規則に定められた時間に仕事を終え、事務所を出ることはできますか?

(視聴者の7割が投票)

この結果を受けて改めて笹倉さんは,人員の補充が無理なら業務の見直しなどで随分変わるのではないかとコメントされました。また,「できる」と回答された側の取り組みや,今はまだ管理職ではない自分たちにでもできる取り組みがあれば,それも畜ガールズのウェブサイト([職場ロールモデル])を通じて教えてほしいと言われました。

 <穗永3か条>

 穗永さん(地方公務員・獣医師歴10年目)は,大動物臨床獣医師を経て公務員となった経験から,次の3か条を提案されました。


● 人事システムを構築する

 「人事部」がみなさんの組織にはありますかとまず穗永さんは問われました。組織には専門部局としての「人事部」が必要であり,それは獣医師とそれ以外の職種で構成されることが理想で,その上で「人事考課」等の職員の客観的評価方法と明確な昇進基準を確立することが必要であるというのが穗永さんの1つ目の提案でした。大動物臨床においては年功序列で自動的に昇進し,評価が給与に反映されないのが現状ではないかと穗永さんは指摘されます。組織の中での客観的評価がないと自己満足で終わってしまいますが,評価されることで「自分が成長できている」と思うことができ,この「成長できている」という実感が働く原動力になるのではないかということでもありました。

 

  またさらに,多様な雇用形態をこの専門部局が柔軟に創出できるとよいとも穗永さんは言われました。時間的に正規職員として働けないが働きたい人や,昇進したくはないが働き続けたい人もいるはずで,多様な Win-Win の関係を可能にするにも,やはり「人事部」が必要であるということでした。

 

● 職場間の差を小さくする

 職場間の差,つまりは地域差を小さくするというのが穗永さんの3つ目の提案でした。何を取っても地域差はあって当たり前ですが,この差が大動物臨床の職場間ではあまりにも大きく,働きやすさの違いにもあまりに大きく影響しているようだと穗永さんは指摘されます。また,そもそも「差がある」ことを知ることができない地域もあるだろうということです。組織間での情報共有を定期的に行い,ある程度足並みをそろえなくては私たちの働き方の改革は進みません。誰か一人,どこか一組織で素晴らしい改革をしてもそこで終わってしまい,差はますます拡大していきます。--- 「1人の1000歩よりも1000人の1歩」だと穗永さんは主張されました。

 

● アファーマティブ・アクションを導入する

 穗永さんは男女雇用機会均等法ができた年の生まれだそうですが,大動物臨床獣医師として働いていた時に性差別がなかったとは言えないということでした。均等法で性差別を禁止しても差は簡単に解消できません。均等法を遵守していても女性管理職は増えません。手本となる先輩たちはいたけれど,彼女たちは特別であり、雲の上の存在であったということでした。そこで,アファーマティブ・アクションの導入というのが穗永さんの3つ目の提案でした。例えば,女性管理職の割合について,○○年後に女性管理職を○○パーセントにする,○○人にするといった数値目標を掲げて,積極的な改善措置を導入することが大動物臨床獣医師の職場でこそ必要だということでした。

 

~ ~ ~

 

 穗永さんの3か条の提案を受け,司会の上村さんが人事考課システムについて視聴者に投票を求めたところ,次の結果が出ました:

 

■ あなたの職場に、人事考課システムはできていますか?

(視聴者の7割が投票)

この結果を想像通りの結果であるとし,穗永さんは人事考課システムのない組織で仕事をした自身の経験から,やはりシステムはあるべきだと思うとコメントされました。自分のやりたいことと組織の求めていることがイコールではない可能性もあるし,さらに言うと,自分の出来ることと自分のやるべきことが大きくかけ離れているかもしれません。そうすると頑張っているのに評価されないといったことになりかねません。目標設定をお互いが納得して行なって,実践して,評価をフィードバックするということはとても大切なことだということでした。

<妙中3か条>

 妙中さん(馬臨床獣医師・獣医師歴13年目)は,次の3か条を提案されました。これらの3か条はつながっているということです。


● 法律や制度について理解する

 男女雇用機会均等法というのはそもそも基本的人権の尊重という憲法3大原則にもとづいていて,また,過度な長時間労働や連続勤務の強制は労働基準法で禁止されています。法律というのはたとえ知らなかったとしても破れば罰せられるものですが,一昔前のこの業界には過酷で知られる労働条件があり,男女の不平等があることが当たり前であったことを妙中さんは指摘されました。

 

 女性に昇進の機会は少なく,就職活動中はあちらこちらの面接試験で「女性は正規採用しない」,「子供を産んでから来てくれ」,「結婚したら辞めるの?」と言われたもので,学生たちはそれが違法だということを知っていながらも,それに目をつぶらなければ望む仕事に就くことができず,それどころか,厳しい環境に耐えてでも好きなことを貫く,好きなことに没頭するということに,やりがいや自己肯定感を感じ,やり遂げたのちに自己実現があると心の底から信じていました。ここに社会の甘えの構造があったということです。

 

 問題はこの業界に違法行為がまかり通っていたことではなく,本質的にこうした法律や制度がなぜ作られたのかを考えなくてはならないと妙中さんは言われました。民主主義において法律は人を罰するためのものでなく,すべての人の幸福や健康,つまり人権を守るために存在するものだからです。

 

● ハラスメントやメンタルヘルスについて考える

 社会の甘えの構造が産業動物獣医師にもたらしたものは,ワーク・ライフ・バランスの崩壊が招く身体的・精神的に不健全な職場環境であり,数々のハラスメントや心の病の根源はここにあったと妙中さんは指摘されました。産業動物獣医師はこうした社会構造がもたらす職業リスクについて理解し,自らが防御に取り組むだけでなく,甘えの構造を根本から改善する努力を行なわなくてはならないということでした。

 

● 人の生き方の多様性について考える

 「ステレオタイプ脅威」という言葉を妙中さんは紹介されました。これは科学的に裏付けられている現象で,ステレオタイプとしてネガティブなイメージを抱かれている少数派の集団に属する人は,それと認識するだけで委縮し本来の能力が発揮できなくなり,自らステレオタイプにはまってしまうというものです。場合によっては,無意識にかかるそうしたストレスから,高血圧,心疾患,うつ病,がんなどの発病率までも上がるというものだそうです。

 

 人材の能力が本人の努力とは無関係に阻害されてしまうこうした状況は,個人に対してはもちろん,組織や社会全体にとって不利益です。しかし,この「ステレオタイプ脅威」の特徴は,多数派に属する人々は,自分たちが脅威を与えていることや相手が脅威を感じていることに気付くことすらできないということだそうです。

 

 こうした社会における少数派の集団には,女性だけでなく,新入社員,地方出身者,在日外国人,嘱託シニア世代,がんや精神疾患など目に見えない持病を持つ方,性的マイノリティの方なども含まれるだろうとのことです。これらは生まれながらにして,あるいは本人の努力とは無関係に与えられたアイデンティティです。人の生き方や価値観がますます個別化されていく中で,社会のありようも人々の多様性に対応していかなくてはならないということでした。

 

 そしてこうした少数派の集団に対してステレオタイプ脅威を軽減させる方法は,その集団のアイデンティティに対する安全を保障することだそうです。多数派は脅威を感じることすらできないため,意識してそれと分かる形で,そのアイデンティティに不利を与えないという態度を示す必要があります。例として,人事考課の開示,客観的な評価と給与体系,キャリアロールモデルの提示,積極的な意見聴取,職場環境の整備などを妙中さんは挙げられました 

 

~ ~ ~

 

 妙中さんの3か条を受けて,司会の上村さんは,獣医師は家畜伝染病予防法や獣医師法など獣医療に関係する法律については日頃から意識しているが,私たち自身の人権や雇用に関わる法律について意識しているかと問われると考えてしまうとコメントされました。そこで,視聴者に人権・雇用についての法律について投票を求めたところ,次の結果が出ました。

 

■ 人権・雇用に関する法律を意識したことはありますか?

(視聴者の7割が投票)

この結果を受けて妙中さんは,その他の職域の方に比べて産業動物獣医師はまだまだ意識が浅いのかなとコメントされました。また,労働者が法律や制度を意識するきっかけについて,雇用される側は自身を護るために意識することが多いだろうが,管理職は部下や組織を守るために意識することが多いと思われるため,管理職の人の方がよりいっそう法律について考えなければならないと感じると話されました。

~ ~ ~ ~ ~ ~

 

 4名の提案が出揃ったところで,司会の上村さんから改めて4名に質問がありました。その中で,穗永さん提案の「アファーマティブ・アクションの導入」については次のようなやり取りがありました。

 

■ 上村さんの質問内容:

 今現在,管理職を担うだけの経験を持った女性獣医師の数はまだ少ないため,積極的登用を促したとしても,該当者が居ないという事態を懸念しています。しかし,穗永さんの世代があと10年,20年後には,積極的是正を行えるだけの女性獣医師の数になっていると思います。今回のテーマ「私たちがやるべき」をふまえて,今後管理職になるであろう若手女性獣医師たちが女性の積極的登用に備えてどういうことをしておけばいいか,ご意見あれば伺えますか。

 

■  穗永さんの回答内容:

 まずは管理職になれる年齢まで働いていなくてはいけないということ --- 結婚・出産・育児をした後,復帰できるような柔軟な制度が,結局は必要であるということだと思います。獣医師個人としては,自分が管理職になったら出来ることについて,プラスのイメージでのシミュレーションをしておくというのがどうかなと思います。

 

 また,妙中さん提案の「ハラスメントやメンタルヘルスについて考える」については次のようなやり取りがありました。

 

■ 上村さんの質問内容:

 メンタルヘルスについては,産業動物獣医師は肉体的に過酷な労働環境だけではなく,「命を直接扱う」(お金と命を天秤にかける)という業務の性質から精神労働の側面も強く,メンタルヘルスリスクが高いといわれています。そうした状況において自身の身を守る術としての「セルフ・コンパッション」のような「セルフケアの知識を身につけておく」ということも大切で,そうすることで今回提案された「~について考える」から一歩踏み込んだ対策になるのかなと思うのですが,いかがお考えでしょうか。

 

■ 妙中さんの回答内容:

 その通りだと思います。日本ではまだ研究が十分に行われておらず,あまり認知されていませんが,欧米を中心に海外では臨床獣医師の自殺率が高いことはすでに調査研究が実施され明らかになっています。獣医師は動物の健康についてだけでなく,獣医師自身の健康の守り方についても,もっと関心を持たなくてはならないと感じています。

 

~ ~ ~ ~ ~ ~

 

<まとめ>

 このパネルディスカッションでは「『その時』までに私たちがやるべき10か条」をまとめるはずでしたが,4名のパネリストから提案された3か条(計12か条)が,いずれも削ることのできないものであるということで,結果,そのまま「『その時』までに私たちがやるべき12か条」でまとめることになりました: 

  司会の上村さんが視聴者に,この12か条の中で「やれそうだ・やってみたい」と思う項目に複数選択可で投票を求めたところ,次の結果が出ました:

 

■ 12か条のうち自分がやれそうな(やってみたい)ことを全て選んでください

(視聴者の6割が投票) 

①「得意分野・特徴をもつ」,⑪「ハラスメントやメンタルヘルスについて考える」,⑫「人の生き方の多様性について考える」については8割以上が投票しましたが,一方で,②「終身雇用から脱却する」,⑦「人事システムを構築する」,⑧「職場間の差を小さくする」,⑨「アファーマティブ・アクションを導入する」について投票した人は3割台でした。後者については個人ではなかなか「やれそうだ・やってみたい」というところに至らないのかもしれないと上村さんがコメントされました。

 

 最後に上村さんが,未来に向かって私たちがこのように発信すること,そして未来を構築するだけの力のある人たち(管理職)にしっかり伝えていくことというのも立派なアクションだと思うと述べられました。そして,若い女性獣医師たちに向けて,今すぐ実行・実現といかなくとも,それに繋がることに対してアクションを起こしていってほしいとメッセージを送られました。また,管理職の立場の人たちに対しても,様々な年代から様々なアイデアを吸い上げることで職場改革は進んで行くのではないかとの提案をされました。

(報告:ジャスミン)

 

★ 視聴者のみなさまから頂いたパネルディスカッションに対するご意見・ご感想は コチラ 


 本講演会の締めくくりとして,上村さんはまず,私たちは過去のことを否定するつもりは一切ない,私たちは未来を描きたいと述べられました。そして,産業動物臨床は上野先生の言われる過渡期にあり,過渡期ということはこれからどんどん変えられる未来が待っていると思うと話されました。

 

 上野先生,金森先生,パネリストのみなさま,気づきの多いとても刺激的な時間をありがとうございました。

 

★ 視聴者のみなさまから頂いた講演会全体に対するご意見・ご感想は コチラ

★ 視聴者のみなさまから頂いた畜ガールズの活動に対するご意見・ご感想は コチラ